2012年12月5日水曜日

解離性障害 dissociative disorder


概略

解離とは、フランスの精神病理学者ジャネがヒステリー性のもうろう状態(twilight state)を説明するために用いた概念で、心的葛藤に基づく意識野の狭窄のために、意識の高級な上部構造と低級な下部構造との統合が失われる過程(横分割)をいう。解離性障害は一過性に意識の解離を示す精神障害の総称で、意識の統合機能、記憶、同一性感覚などの障害や知覚の狭窄などがみられ、さらに身体運動の統制が失われる。
元々、自分がどうしても認めることが出来ない苦痛な経験や思い出したくない出来事に遭遇した時に、嫌悪する出来事や過去の苦痛な記憶から自分を引き離して心の平安を保つ為に、防衛機制として解離が発動する。つまり、防衛としての正常な解離は日常生活において心の安定を守ってくれる有益な現象であるが、解離の程度が、質的・量的に激しくなり、本人が苦痛を感じたり、日常生活に支障をきたすと病的な解離として解離性障害となる。

 
 

定義
 意識、記憶、同一性、または知覚についての通常は統合されている機能の破綻

意識、記憶、同一性、あるいは知覚といった、通常は一貫性をもって体験されているものが統合性を失い、まとまりがなくなった状態で、ストレスフルな情報を想起できなくなったり、現実感覚がなくなったり、同一性に混乱が生じたりする。

 
誰にでもある正常な範囲から、治療が必要な障害とみなされる段階までがある。

正常な範囲の解離

・不幸に見舞われた人が目眩を起こしたり気を失ったりする

・大きな精神的苦痛で、かつ子供のように心の耐性が低いとき、限界を超える苦痛や感情を体外離脱体験とか記憶喪失という形で切り離し、自分の心を守ろうとするが、これは人間の防衛本能であり日常的ではないが障害ではない。

 

歴史

ピエール・ジャネ(Pierre Janet,1859-1947)

20世紀前半のフランス精神病理学界および臨床心理学界を支配した精神医学者。

  解離(dissociation)の概念を提起。1889年、著書『心理自動症』で解離(dissociation)という用語を初めて用いた。また、ヒステリー性朦朧状態の患者から、意識の狭窄などの原因は意識下の過去の心的外傷的記憶にあることを発見した。しかし、変質(degeneration)の上に強い情動体験や外傷体験が加わり統合能力が低下した結果、意識野の狭窄が起こり、ある観念系列が意識の本流から分離され、下意識となり、意識との連絡が途絶えると考えた。そしてジャネはこれを、心理解体(desagregation pshchologique)、後に解離(dissociation)と呼ぶようになった。

 
 フロイト(S.Freud)
    
    1895年の『ヒステリー研究』で解離を抑圧機制で説明している。
ジャネの説明する、精神的外傷による「解離」論を事実上認めなかった。
   ジャネとフロイトは、神経学者シャルコーのもとで催眠療法を学び、同時期に『無意識の概念・発想』を発見していたとも言われる。
   両者は同時期に活躍したため、確執があった。
   外傷的な出来事に対する耐え難い情動反応が一種の変性意識状態を起こし、この変性状態がヒステリー症状を生んでいる。この状態をジャネは解離、フロイトは二重意識と呼んだ。

 

 DSMにおける歴史

  1968年になってアメリカ精神医学会(APA)DSM-Ⅱで、ヒステリーが解離型ヒステリーと転換ヒステリーに分類される形で、解離は再び精神医学に登場。

  DSM-Ⅲ、DSM--Rでは解離性障害が独立した項目になる。

  DSM-Ⅳ、DSM--TRでは、この解離性障害が解離性同一性障害、解離性健忘、解離性遁走などの形で、またICD-10でも1993年には、解離性障害は解離性転換症障害、解離性健忘、解離性遁走、解離性混迷、トランスおよび憑依障害、運動および感覚の解離性障害等々の形で大きな役割を果たすようになった。

 

 

DSM--TRによる分類と診断 

 ・解離性健忘 dissociative amnesia
    

     A.優勢な障害は、重要な個人的情報で、通常心的外傷的またはストレスの強い性質をもつものの想起が不可能になり、それがあまりにも広範囲にわたるため通常の物忘れでは説明できないような、1つまたはそれ以上のエピソード

   B.この障害は解離性同一性障害、解離性遁走、心的外傷後ストレス障害、急性ストレス障害、または身体化障害の経過中にのみ起こるものではなく、物質(例:薬物乱用、投薬)または神経疾患または他の一般身体疾患(例:頭部外傷による健忘障害)の直接的な生理学的作用によるものでもない。

   C.その症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

 

 ・解離性遁走 dissociative fugue
      

   A.優勢な障害は、予期していないときに突然、家庭または普段の職場から離れて放浪し、過去を想起できなくなる。

   B.個人の同一性について混乱している。または新しい同一性を(部分的に、または完全に)装う。

   C.この障害は、解離性同一性障害の経過中にのみ起こるものではなく、物質(例:薬物乱用、投薬)または一般身体疾患(例:側頭葉てんかん)の直接的な生理学的作用によるものでもない。

   D.その症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

 

 ・解離性同一性障害 dissociative identity disorder

     A.2つまたはそれ以上の、はっきりと他と区別される同一性またはパーソナリティ状態の存在(そのおのおのは、環境および自己について知覚し、かかわり、思考する、比較的持続する独自の様式を持っている)

   B.これらの同一性またはパーソナリティ状態の少なくとも2つが反復的に患者の行動を統制する。

   C. 重要な個人的情報の想起が不能であり、それは普通の物忘れでは説明できないほど強い。

   D.この障害は、物質(例:アルコール中毒時のブラックアウトまたは混乱した行動)または他の一般身体疾患(例:複雑部分発作)の直接的な生理学的作用によるものではない。
 

 ・離人症性障害 depersonalization disorder

     A.自分の精神家庭または身体から遊離して、あたかも自分が外部の傍観者であるかのように感じる(例:夢の中にいるように感じる)持続的または反復的な体験

   B.離人体験の間、現実検討は正常に保たれている。

   C.離人症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

   D.離人体験は、統合失調症、パニック障害、急性ストレス障害、または他の解離性障害のような、他の精神疾患の経過中にのみ起こるものでもなく、物質(例:薬物乱用、投薬)または一般身体疾患(例:側頭葉てんかん)の直接的な生理学的作用によるものでもない。

 

 ・特定不能の解離性障害 dissociative disorder not otherwise specified

  ・臨床症状が解離性同一性障害に類似しているが、その疾患の基準をすべて満たさないもの。

    例:2つ以上のはっきりと他と区別されるパーソナリティ症状が存在しない

    :重要な個人的情報に関する健忘が生じていない

 ・成人における現実感喪失で、離人症を伴わないもの

  ・長期間にわたる強力で威圧的な説得(例:洗脳、思考改造、人質になっている間の教化)を受けていた人に起こる解離状態

  ・解離性トランス障害:特定の地域および文化に固有な単一の、または挿話性の意識状態、同一性または記憶の障害。

解離性トランスは、直接接している環境に対する認識の狭窄化、情動的行動または動作で、自己の意志の及ぶ範囲を越えていると体験されるものに関するもの。

憑依トランスは,個人としてのいつもの同一性感覚が新しい同一性に置き換わるもので、塊、力、神、または他の人の影響を受け常同的な不随意運動または健忘を伴うものに関するものであり、おそらくアジアでは最もよくみられる解離性障害。

  ・一般身体疾患によらない意識の消失、昏迷、または昏睡

  ・ガンザー症候群:質問に対して大雑把な応答(例:「2+2=5)をすることで、解離性健忘または解離性遁走に伴うものではないもの

 

*要因*

解離性障害を発症する人のほとんどが幼児期から児童期に強い精神的ストレスを受けているとされる。 そのストレス要因として一般にいわれるのは、

(1)学校や兄弟間のいじめなど
(2)親などが精神的に子供を支配していて自由な自己表現が出来ないなどの人間関係のストレス
(3)ネグレクト
(4)家族や周囲からの情緒的、身体的虐待、性的虐待
(5)殺傷事件や交通事故などを間近に見たショックや家族の死など
 
 
リチャード・クラフト(Kluft,R. 1984)による四因子論
  

  ●その人間にトラウマによる解離・自己催眠傾向のような解離ができるポテンシャルがあること。

  ●性虐待・近親者の死・本人の病気の苦しみ等、その子供の自我の適応的な機能では
対処しきれないくらいの圧倒的な体験にさらされること。
   
  ●文化的なもの、体験、想像上の友達などで、解離による人格状態を作り出す。   

  ●重要な他者(たいていは親)による刺激からの保護や修復の体験が十分に与えられなかったこと。

 
     * 解離を起こしやすい人は、被催眠性が高い傾向があるとされる


  
*治療*

周囲の協力とケア」が重要。

本人の行動や言動を、理解できないと感じても、すべて受け入れてあげることが大切。多重人格の場合では、まったく別の人格が、つらい子ども時代の話をしたりすることもあるため、否定することなく、話をよく聞いてあげることがとても重要になる。


・解離性同一性障害

以前は人格の「統合」がゴールとして強調されたが、最近ではむやみに「統合」を焦るとその安定が崩れかねない、という考え方がある。「統合」の話題は、今そこにいる人格に恐怖と苦しみを与える可能性があるため、「みんなが仲良くなってそれぞれの気持ちを大事に出来るといいね」「みんなが幸せになれるといいね」というような接し方をしながらやさしく包みこみ、それぞれの人格の「コミュニケーションを促す」、「橋を築く」、分かれてしまっている記憶や体験を「つなげていく」方向が大切であるとされる。 解離はその人の人格が薄まっている状態であり、治療者は患者自身の治癒力(レジリエンス)が強まるように支援してゆく。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿